ゆるい午後にGO7GO

ゆるい午後 遠回りする 帰り道
のどかな午後の時間を満喫できたらと思う。

傘がない  その1

上州無線さんの『風』を読んでたら 私の学生時代の記憶が蘇ってきた。
シューベルツの『風』は 私が中学か高校生の時に受験勉強をしながら
ラジオで聞いてた歌で 爽やかな記憶がある。
私の学生時代は もう少し後で 井上陽水にの『傘がない』である。
多分 今でも 同年代の多くの人は歌えるのではないか思われる。


私の下宿先は以前に書いたが 典型的な男だけの縦社会だった。
4人で1棟に住んで、合計で3棟あり、各部屋のカギはついていなかった。
下宿先で最初に言われたのが、『小麦粉と醤油は絶対切らすな!』だった。
仕送りのお金が無くなってくると みんなで餓死しないように 助け合い
すいとんを作って飢えを凌いでいた。
本当にお金がないかと言えば、お金があるときは まず最初にお酒を買ってしまう。
普通はビールなんて高級品ではなくハイニッカの大瓶を購入するが、
お金がある時はブラックニッカを 懐事情が許せば だるま(サントリーオールド)
を購入し 凡そ 2回で1瓶を飲み干すペースで飲んでいた。
下宿先に1年生は 私ともう一人いたが、ブラックニッカを購入し 
飲んだ次の日に もう一度飲もうとすると かなりの確率で
ブラックニッカの中身がハイニッカにすり替えられていた。
中身のすり替えは暗黙の了解で人を疑ってはいけないルールがあった。
すり替えられたほうが注意不足という事であった。この事が何度か繰り返されたが、
どうもこの下宿の主(ぬし)の仕業ではないかと思えた。
ある日、主がブラックニッカの瓶を持ち帰った時に、もう一人の1年生と一緒になって
ブラックニッカの中身をすり替えようという話になった。
主が外出した時に ブラックニッカの中身をビクビクしながら二人ですり替えた。
二人でブラックニッカを飲んだところ 既に中身はハイニッカにすり替えられていた。
お酒に関しては 厳しい日々を送っていた。


この他に普段は靴ではなく下駄かビーチサンダルを履くことというのがあった。
これは ほぼ1年中 麻雀をやるために炬燵を出しているので 靴下をはくと
炬燵の中が臭くなるので素足で臭くならないようにするためである。
下駄は人のを履いても良いというルールがあった。下駄が時折 割れた時は
新しい下駄を買うまでは 最後に外出するものは下駄がなく
真冬でもビーチサンダルで外出する事になる。
見た目が もろ貧乏人で かなり恥ずかしので外出は控えることになる。
下駄に関しては上下関係はなかったので早めに外出をしていた。
ひどい所だと思われる人がいると思うが、
炬燵の上に財布や現金を置いたままにしていても無くなったことがない。
実家から送られてきた食料品なども無くなったことが一度もなかった。
何はしてもよくて何がしてはいけないか この下宿で徹底的に教わった気がする。


雨が降った時に、傘は当然無い。雨が降ると小雨だと そのまま外出するが…
『傘がない』ので どうしたか?
基本は部屋の中に雨が止むまでいる。当然 授業は欠席となる。


下宿の近くに やさしいおばちゃんがやってる床屋さんがあった。
ご主人は居なくて、おばちゃん一人で切り盛りしていた。
どうしても傘が必要な時は そのおばちゃんのところに傘を借りに言った。
そのおばちゃんには子供が4人(男1、女3)いた。漫画みたいな話だが、
女の子3人は 全員 美人であった。実際に一人の子は 下宿の住人と結婚をした。
ここで傘を借りるのは残念なことだが、年齢順であり、
私は一度も借りることは出来なかった。


1年生の時は まさに 『傘がない』であった。
井上陽水の『傘がない』の歌詞で
 ~冷たい雨が今日は心に沁みる 
  君の事以外は何も見えなくなる
  それは 良い事だろ ~
というのがあるが、当時の私の心情は 
 ~ 君の事がどうしたんだって!
   甘ったれた事言ってるんじゃねえ= ! ~

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