里山で遊ぶ

ゆるい午後 遠回りする 帰り道
のどかな午後の時間を満喫できたらと思う。

久昌寺旧跡にある謎の隧道 道に迷う 前編

久しぶりに ブログを読んでワクワクしました。
やまみほさんが紹介されてた『山さ行がねが』にドはまりです。

何気なく 隧道(トンネル)レポートの地図で近場を探し
それ程 期待もしなくて読みました。
が、ノンストップで読み終えました。
私が高校1年の時、どうしても欲しくて 始めて自分で買った本(文庫本ではない)が
『サハラに死す』という題名の本です。
その時に一気に読んだ後のワクワク感に似た感じになりました。
その内容がこれです。

今の私には ちょっと ここへ行く勇気はありませんが...


他に私が行けそうなところはないか調べると
ミニレポートの地図に 久米城跡の近くの『久昌寺旧跡にある謎の隧道』がありました。
このレベルならは楽勝で行ける筈。


『久昌寺旧跡』の案内板通りに行けば 簡単に行けるような事が書いてあったので
事前準備もしないで家を出ました。
近くまでは行けましたが、周辺を3往復しましたが たどり着けませんでした。
撤退しました。悔し~~!
家に帰って 詳しく調べると 山の寺の脇の砂利道を進んでいけば行けたんです。
車では無理で 歩いて行くことになりますが。
なんてこった!


場所は事前準備をしませんでしたが 
この謎の隧道に どのようにアプローチをかけるかの準備は やっておきました。
脳みそは衰えてるはずですが、ワクワクすぎて
次から次へと アイデアが浮かんできて 自分でもビックリでした。


筆者は水戸黄門と何らかの関係があるのか検討されてましたが、
私は 下記4項目の観点で調査をしようと思います。
隧道(トンネル)の大きさが 縦、横とも 大きすぎるので
(当時はそんなに身長は高くないし、仮に水戸黄門が両側に助さん角さんを
伴っても せいぜい2mもあれば充分)
隧道だけの目的で造ったとしては なかなか理由になりずらい訳で...


1) 近くに久米城跡があるので 久米城跡との関係があるのか?
2) 近くに砂金がとれてた金鉱があったので 何かのデマに惑わされ掘ったか?
3) 隧道(トンネル)ではなく防空壕ではなかったのか?
   車で30分ほどの位置に 昔 日本軍水戸東飛行場があり
   特攻隊が出陣してました。
4) 弘道館が演習場として使っていたか?
   
道が分かったので 近日中の晴れた日に 行ってきます。

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