ゆるい午後にGO7GO

ゆるい午後 遠回りする 帰り道
のどかな午後の時間を満喫できたらと思う。

山の稜線 (美術11)

会社員になって10年くらいは製図板で製作加工図面をよく書いていた。
俗に言う典型的なアナログエンジニアである。
製図の良し悪しは中心線の位置をどの位置に書くかで凡そ決まる。
中心線の位置で製図者の技術の程度が分かったりする。
同僚たちと 製作図面をアートとして呼び
『俺らアーティストは・・・』なんて言ってたが、モーニング娘の子が
『うちらアーティストは・・・』って言う言葉を聞いて、
アーティストとはこの子たちの事を言うのかと思い、
以降『アーティスト・・・』と言う言葉は一切言わなくなった思い出がある。


私が今まで沢山の山の写真(本屋、図書館)を見てきた中で 
これほど稜線(中心線)を素晴らしく撮った写真を見たことがなかった。
絵をまともに書いたことはないが、不思議と絵を描きたい衝動にかられた。


 


手前の斜線部(一段高くなっている所)からの写真の角度が絶妙に良いと思う。
凡人は この手前の斜線部はあえて映らないように撮るが、
意図的か無意識か分からないがきちんと映ってる。
この斜線部にヨガの達人が立ったら しばし瞑想にふけるでしょう。


左側の湖は森の中であれば 金や銀の斧を持った神様が宿ってるだろうけど
木々が全く見当たらないので 近場に神様は居なさそう。
池には雲の黒い影が映っている。紛らわしいのでカットするが、
黒くて輪郭がハッキリしてるので 雲は低い位置にあり、太陽光は燦々と
してるのではないかと思う。小さな雲は稜線と平行にポツポツと
等間隔にあるので、多分 稜線に沿って風が吹いていて、
風の強さをダチョウ倶楽部風に例えると
雲間の距離は遠からず、かと言って近からず、なので
風邪の強さは強からず、かと言って弱からずなのではないかと思う。
池は 二の次にして・・・


肝心の稜線は遠くまでクッキリと それでいて あまり目立たないで
どこまでも続いているのが分かる。写真の中心の屋台骨を支えている。
兎に角 稜線が最高にかっこよく撮られている。
私の予想では遠くの尖がった山まで続いてるのではないかと思う。


縦49cm×横64cmの額縁に入る絵(山も稜線)のデッサンがほぼ完成した。
細かな修正とどこかに数匹の蟻を描こうかなと思ってる。

デッサンの技術が乏しいので 以下の手順で描き上げた。

 1)写真を入念にチェック
 2)ハガキ2枚サイズくらいに手書き(これが原画)
 3)2)を倍サイズでコピーし4×5の20分割の線を引く
 4)A4サイズの紙(4×5の20分割の線付け)したものに手書きで拡大
 5)4)を倍サイズでコピーし 5×6の30分割の線を引く
 6)A2サイズの水彩画用紙(5×6分割の線付け)したものに手書きで拡大
 7)6)に細かな修正とどこかに数匹の蟻を追記の予定


同じ絵で倍々で大きくなっていくものを 3回手書きするのはきつい。
デッサンだけは 昔 製作図面を書いていたテクニックとツールがあったので
なんとか 完成させることが出来た。
さすがに 3回目はバカじゃないかと思ったくらいだが、
デッサンが完成してみると やって良かったと思う。


次は 色付けに入るが 今年は無理なので、
しばし休憩の後、色付けをする。





学生時代は美術部でした   (音楽2)

私の個室が倉庫状態で足の踏み場もないので 少し片付けることにしたが、
不要となった物でも思い出があり なかなか捨てられない。
今後 聞くこともないレコード(LP盤)が50枚ほどあるが 
捨てづらく とりあえず保留の状態にしている。


私が高校生の頃はビートルズが全盛で エレキギターを購入し
何曲かコピーをして友達と演奏をしていた。(当然 すごく下手)
大学に入ると ブリティッシュロック、サンタナなどをコピーするようになった。
(時間に余裕があったので結構 人前で演奏できるまでに)
就職活動が近づくと楽器演奏はやめ、主にジャズ喫茶でジャズを聴くように。
大まかな音楽の嗜好の変化を LP盤を並べ 写真に撮ってみた。

 

私の下宿先は 4畳半の部屋が4つとトイレ1つに小さな炊事場が1つの
こじんまりした平屋で それが3棟あり、4畳半くらいの風呂場と洗濯機がある
建屋が1棟あるところだった。そこの1部屋を借りた。
各棟には大きなアルミ(黄銅色)の鍋が1個あった。
私が借りた部屋の棟には 主(8年かけて卒業した方)が住んでいて、
最初 主が私の部屋に入ってきて住むにあたっての注意事項を言った。
『小麦粉と醤油は絶対 切らさないように。それと・・・』
私の引っ越し荷物にエレキギターがあるのを見つけて、
『お前 ギターやってるのか?軽音に入れ!』
と言った。取敢えず『はい。』と言うしかなかった。


鍋は各部屋の持ち回りで 仕送りのお金が無くなって来た時に 
みんなで すいとんを食べるというしきたりがあった。
小麦粉をこねて親指くらいの大きさにして ネギと醤油で味付けた鍋の中に放り込み
それを食べて 次の仕送りがくるまで飢えを凌ぐのである。
主の実家が農家らしく乾燥したシイタケや切り干し大根が送られてきてたが、
それを入れると最高の味付けとなった。他のメンバーは実家からの魚の缶詰などを
鍋に入れてたが、時々 お金がないのに白菜とかキャベツが入ることがあった。
これについては聞くのは禁句だったが、今思えば どこかの畑からの
物だったかもしれない。時効とはいえ、後ろめたさが・・・


大学の部室は細長い長屋のような建屋を 区切って各部が使用していた。
軽音は1番端にあった。ドラムとかアンプが盗まれるとヤバいのでカギをしていた。
軽音の隣が美術部だった。軽音の部室に入るには カギのかかってない美術部に
入り、それから壁の人が通れるくらいのサイズの穴をくぐって軽音の部室に入る。


主の指にはペンだこ以外のギターと麻雀の大きなたこがあり、
1年の半分くらいは部屋に居なくて ギターとバイトでフーテン生活をしていた。
主はリードギターで、私はベースをやった。
麻雀をやった後 真夜中の1時くらいにみんなで軽音の部室に行き、ハードロックを
演奏し、明け方に『夜明けの天ぷら屋』と呼んでいた『天ぷら屋』で天ぷらを買って
食べて寝るという生活をしていた。美術部に無断で 美術部にあるコーヒーを
時折 飲んでいた。正直なところ この生活を続けるとダメになると思っていた。


私の在籍してた学科に美術部に入ってる真面目な奴がいた。
美術部の連中は 休憩時間に部室に集まり コーヒーを飲んで喋っていた。
ある意味、羨ましい学生生活を送っているなと感じていた。
いつまでも 無断で コーヒーを飲むのはダメだと思い、
また、楽しそうだったので 私は美術部に入り生活態度を改めることにした。
私が美術部に部費を払うことで 堂々とコーヒーを続けて飲めるように。
最後まで絵は描かなかったが、単位習得には すごく助けてもらった。
また、美術の連中には フォークソングの良さも教えてもらった。


今にして思えば、部室の壁に穴が開いてなかったら・・・、
軽音の隣が美術部でなかったら・・・
多分ズルズルと 今とは全く違う人生を歩んでたのでないかと思うとゾッとする。


就職活動の時に 部活の事を質問されました。
『どんな部に入ってましたか?』
『美術部です。』
『どんな絵を描いてましたか?』
『山や海などが好きです。』
絵は描いてなかったので 咄嗟に『好きです』という表現をした。
絵を描いてるなんて嘘は言えないし、描いてないとも言えないし・・・


この年で 急に絵を描きたくなったけど、以上のような事があったので
何とか きちんとエンディングまで持って行こうと思う。