ゆるい午後にGO7GO

ゆるい午後 遠回りする 帰り道
のどかな午後の時間を満喫できたらと思う。

娘と二人で旅行をする  別府編

娘と二人で4泊5日の旅行をしました。 
ドイツからの飛行機が悪天候で、羽田では別の機のパンクで、
ダブルで遅れて 別府温泉に到着したのは 夜11時でした。
『エンマ』での地獄蒸しの料理を楽しみにしてましたが 
遅くなってしまい 食べる事が出来ませんでした。残念!


私達が泊った宿は 『いでゆ坂』を少し上に登って 細い路地を入った所にありました。
THE昭和が漂う家族で経営している こじんまりした旅館です。
朝食前に 旅館の回りを少し散歩しました。 
町中に 湯けむりがモクモクとあがってました。

泊まった所は『しんきや』という名の古い旅館です。 

玄関の脇にかまどがあり、そこは宿泊客が自由に使えると言ってました。

遅く着いたので何もしませんでしたが、食材を買ってきて蒸し料理をしたかったです。 

玄関で振り返ってみると 怪しい建物から温泉の蒸気が噴出してました。 

この雰囲気全体が好きです。
旅館には 小さな風呂場が3ヶ所ありました。
1ヶ所は 夜 旅館に着くと すぐ入りましたが とてもまろやかないい湯でした。
3ヶ所とも 風呂の内側に?マークの先端のような形の針金状のものを穴の中にいれる

カギがついていて ゆっくり入ることができました。 

露天は二階で 樽の形状で 1人専用くらいのサイズでした。 

内湯には 沢山のシャンプーが置いてあり 自由に使ってくださいと書いてありました。

家族で切り盛りしてる旅館ならではと思いました。 

朝食は THE昭和の朝の旅館で出てくる内容です。

しょっぱい鮭の切り身と温泉卵があれば それで充分です。 

近くに『地獄めぐり』があり、朝食後 観光することにしました。 

白池地獄です。ピラニアなど熱帯魚が沢山いました。 

鬼山地獄です。ワニがいました。外国語が飛び交っていました。 

かまど地獄です。 

海地獄です。ベストポジションの位置では 外国語が飛び交ってました。 

鬼石坊主地獄です。泥パックっぽい感じの灰色をしてました。 

血の池地獄です。赤色は 多分 鉄分かと思います…。 

龍巻地獄です。


別府の雰囲気は落ち着きますが、外国語が飛び交う団体客が集団で移動してるのと
ぶつかると 『今の観光地はこうなんですか~』と思ってしまいます。


ここで一旦 終わりますが、これから宇佐神社へ向かって車を走らせます。
一本道なので 娘が運転をしました。
何度もワイパーが右に左に これは教えて頂いてた『あるある』で
やっぱりと思いました。


娘との旅行は…

明日から 娘と二人で 九州旅行に行きます。
娘は 明日 日本へ帰ってきますが、飛行機の乗り継ぎの時間がギリギリです。
羽田での待ち合わせを予定してますが、 
場合によっては 私だけ先行して大分に行く事になります。
夕食は『エンマ』に予約をしてるのですが、乗り継ぎが上手くいかない場合は、
楽しみにしていた 蒸しピザ、蒸し麺、蒸し盛が食べられなくなります。
娘の乗り継ぎが上手くいくように祈るのみです。
娘と二人だけの旅行は 去年に続いて2度目となります。
娘との家族旅行に関しては 3度 違った経緯をたどっていて
振り返ると このような娘との旅行は 過去の経緯からは想像できませんでした。


娘が中学2年になるまでは、毎年 夏になるとキャンプをして
家族でテントで寝泊まりする旅行をしていました。
娘が小学校低学年の時、私が会社に嘘をついて2週間の休みを取り、
ずーっと北海道を転々としてテント生活をした事もあります。


娘が中学2年の夏休みに 自分で動物病院にアルバイトを頼みこみました。
最初は足手まといだったのか分かりませんが、バイトが後半になると、
娘はシフトに組み込まれるようになりました。
中2なので バイト代は出なくて 犬のエサなどのグッズを貰いました。
お盆休みの頃に 働いてる女性が休むので 代わりに出て欲しいと電話がありました。
仕事に行ったかどうか覚えていませんが、この年 キャンプはしませんでした。
中2と言えば、純粋で熱烈100% 夢中で働いたと思いますが、
シフトで一緒に働いてた女性(動物病院の看護師)は どんな気持ちだったのかな~?
親としては 中2で必要とされるなんて凄いな~と思う反面、
中2をシフトに組み込むのはどうなんだろうと思ってました。


この時を境にして キャンプには行かなくなり テントでの寝泊まりも終わりました。
次に 観光地のペンションに泊まるようになりましたが、
これは娘が高校2年生までだったと思います。


高校1年の冬、娘は 始めて自分のお金でコートを買いました。
当時、体にピッタリで丈の短いコートが流行ってましたが、
それをマルイで買ってきて 家で着て 親に見せました。
ピッタリすぎて 体を動かすのに大丈夫なの?と思って見てました。
次の日の事です。
私が会社から帰ってきたら 浜モンが『今日 娘が制服を着ないで出かけた』
と言ってきました。
娘に聞くと、制服を着るのを忘れて学校へ行ったと言いました。
コートがピッタリすぎて 制服を着るとコートは着る事ができません。
単純に忘れたのかもしれませんが、ひょっとしたら
制服とコートのどちらを着て学校に行くかで コートを選んだのかもしれません。
お年頃なので 私は 何も聞きませんでした。
高校2年からはペンションにも行かなくなりました。
いつかは 子供は 親から離れて行くものなので 
これで家族旅行は終わりかな~ なんて漠然と思ってました。


大学生になり 東京に下宿すると 家に帰ってくるのは盆と正月の数日で
家族よりは友達が大切になる年齢なのかなと。それもねぇ~
髪の色が茶髪になり 家に帰ってくる度に 徐々に 非日常の色になっていき
最後には銀髪に…。 さすがに浜モンが まずいという事で私に
『ちゃんと言ってください!』と。俺が言うの?と迷ってたが、
娘が家に帰ってくる時に電話で 『髪を染めるのをやめたから』と。
ラッキーと思って待ってると、黒髪になって帰ってきました。
確かに髪は黒いのですが、髪形がアフロヘアに なってます…
娘が東京に戻っていった時に 浜モンが、
『髪は何色でも構わないから アフロヘアだけはやめて欲しい』と私に言った。
コントみたいな 本当の話ですが 家族旅行なんて無理だろうなぁ~と思ってました。


娘は最初から海外で働きだしました。口癖が『なぜならば~』になってました。
多分 イエス・ノーをはっきりさせ、理由もきちんと言わなければならない世界で
一人で踏ん張って生活をしてたんだと思います。
日本にも暫く帰らず ますます尖がったナイフのように突っ張った生活をしてました。
が、少しずつ 少しずつ 尖ったナイフの先が やすり掛けされ丸くなってきて、
家族で旅行をするようになりました。


前回もですが、今回も 旅費、宿泊費は全て 娘が 前払いで支払ってます。
かなりの高額です。
娘には言いませんが、浜モンに
『俺みたいな しょうもない親に 娘が働いたお金を使わせるのは嫌だな~。』
と言いました。そしたら、浜モンも、
『そうねえ~。あなたみたいな しょうもない人間には使えないわねえ~。』
私は自分の事をへりくだって言ってますが、浜モンは言い過ぎだと思います…。
いつになっても 親は親 子は子。
娘が支払った金額分は 全て 貯金してます…。